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海外・国内合わせて下記の3部門に関し、特に優れた活動を行っている企業・団体・個人を表彰
選考方法:
G-ForSEプライズ … 選考委員が選出 部門ごと1組 計3組
| 長島茂雄氏 |
1936年2月20日生まれ。立教大学卒業。
1958年4打席連続三振でプロ野球デビュー。翌年展覧試合でサヨナラホームランを放つ。
1974年現役引退後、そのまま読売巨人軍の監督に就任。初年度は最下位に終わるも、翌年から連続優勝を飾る。1981年から19921年までは文化人として、プロ野球のみならず、スポーツの振興に努める。1993年、多くのファンに望まれ、読売巨人軍の監督に復帰。1999年には背番号を「3」に戻し、ファンを喜ばせる。2001年9月30日国民に惜しまれつつ、監督を勇退。現在は読売巨人軍名誉監督として広くスポーツ界にて活躍。
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| ジャック T . モイヤー氏 |
海洋生物学者。1929年、アメリカ合衆国 カンザス州に生まれる。
半世紀以上日本に在住し、三宅島を拠点に国内外のサンゴ礁域の魚類研究を続ける。環境保護の必要性を感じ、海や自然を愛する人たちのクラブ「オーシャンファミリー」を主宰し、子どもから大人まで海の環境教育を行っている。
現在は、三宅村ふれあいセンターアカコッコ館、フィリピン・ネグロス島・バイス市の環境顧問などを務める。※2004年1月10日ご自宅で逝去されました。モイヤー先生のご冥福を心よりお祈りいたします。 |
| グレッグ・レモン氏 |
1986年、1989年、1990年のツール・ド・フランスを制した英雄。
ツール5勝の王者、イノーの後継者として1986年に初優勝するも、オフ中の事故で全身に散弾銃を浴びて重体に。レース復帰は不可能と言われていたが、1989年(フランス革命200周年記念の年)、最終ステージの個人タイムトライアルで、総合タイムでそれまでトップだったフランスの英雄フィニョンを数十秒差で破り、奇跡の逆転優勝を果たした。次の1990年も優勝する。ツール・ド・フランスというヨーロッパ伝統の自転車レースにアメリカ魂で挑戦し、ツールを活性化した、不屈のロードマンである。
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| 小黒 一三氏 |
1950年東京生まれ。潟}ガジンハウス在籍中、雑誌「ブルータス」「ガリバー」の編集を担当。1990年マガジンハウスを退職し、トド・プレス設立。92年、ケニアに自らが手がけたアフリカ人アーティスト・ムパタの名をとって、ムパタ・サファリ・クラブを設立。95年には日本相撲協会創立70周年記念の出版物「大相撲」を、カメラマンの篠山紀信氏とともに制作。その他、テレビでは「ワーズワースの庭」、「メトロポリタン・ジャーニー」、出版物では「中田語録」の編集、「スガシカオ1095」の出版など、各分野で数多くのプロジェクトに関与。99年、世界初の環境ファッションマガジン「ソトコト」を発刊。自らが編集長を務める。
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| 鵜浦真紗子氏 |
1955年東京生まれ。国際基督教大学教養学部比較文化論卒業。青山学院大学国際政治経済学科修士課程。20代前半、ローマ・クラブの創立者アウレリオ・ペッチェー氏と出会い、その生き方と世界観に影響を受ける。外資系企業、労働省外郭研究機関、財団法人今日庵を経て、94年、国連大学「ゼロエミッション」研究構想の立ち上げのために国際連合大学に所属して以来、99年、国連大学高等研究所においては同構想プロジェクトマネージャー、2003年より現職。産業界・中央官庁・自治体を結ぶパイプ役として日本での推進役を務め、プロジェクト運営並びに研修・講演活動等を行っている。ゼロエミッション関連の様々な委員会メンバーを歴任中。2005年愛知で開催される国際博覧会では環境分野を担当する環境マネジメントプロデューサー。
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| 久保 正秋氏 |
スポーツ哲学、スポーツ教育学、スポーツ&レジャーを専門分野とし、東海大学体育学部で教鞭をとる。大学院体育学研究科主任・研究科委員長補佐として研究活動にも従事。コーチング論、スポーツ空間論、スポーツ&レジャー論等の研究に取り組み、スポーツにおける「コーチ」の問題、すなわち教育の場における問題や人間形成論などの論文・著書を発表している。2002年からは、「ゆとり」「環境」「空間の教育力」「スポーツ考古学」等をキーワードとする新しい研究分野にも取り組んでいる。著書に「コーチング序論説」(不昧堂出版)、「スポーツの倫理」(共著 不昧堂出版)がある。体育科学博士。
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